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イサーンについて 
タイ語で東北地方の事をイサーンと呼びます。
国土の3分の1を占めるイサーン地方。地平線まで続く褐色の田園風景の中暮らしている素朴で暖かな人々、都会では味わえなくなったアジアのふるさとがここにあります。
ラオスやカンボジアに隣接しているので、ラオス語に近いイサーン語(方言)を話します。
文化も中央部とは異なり、演歌風の音楽 モーラム を好み、野菜と辛さが際立つ
イサーン料理を生み出しました。
イサーンの人たちの顔のつくりや肌の色は日本人に近く、また持ち前の明るい性格とあわせて親近感を覚えます。
また、ここイサーン地方は
クメール遺跡などの歴史的な遺物や古代壁画が多く残されており、学術面でも貴重な地区となっています。
イサーンの県
東北部(19県)
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アムナートチャルーン(Amnat Charoen) ブリーラム(Buriram)
チャイヤプーム(Chaiyaphum)
カラシン(Kalasin)
コーンケーン(Khon Kaen) ルーイ(Loei) マハサラカム(Maha
Sarakham)
ムクダハーン(Mukdahan) ナコーンラーチャシーマ(Nakhon Ratchasima)
スリン(Surin)
ナコーンパノム(Nakhon Phanom) ノンブアランプー(Nong Bua
Lamphu)
ヤソトン(Yasothon)
ノーンカーイ(Nong Khai) サコーンナコーン(Sakhon Nakhon)
ローイエット(Roi-Et)
シーサケット(Si Sa Ket) ウボンラーチャタニ(Ubon
Ratchathani) ウドンタニ(Udon
Thani)

一般的に、世界で最も古い青銅器時代の文化は、5,000年以上前、タイのイサーン地方(東北部)で栄えていたと言われています。ウドンタニから東へ
50km ほど行ったところにある バンチァンBan Chiang
村、ここの古代の古墳からは、指紋に似た渦巻き模様の壺や瀬戸物の宝飾品が発掘されております。近くにある博物館では、この地区で発掘された代表的な美術品が展示されています。
ウボンラチャタニーのメコン川のほとりにある断崖絶壁、ここに描かれた Pha Taem の壁画は、3,000
から 4,000 年前のものと考えられています。壁画は、古代人の実際の生活や狩猟、そして巨大なナマズ
が描かれています。この、巨大ナマズは現在もここメコン川に生息しています。
干ばつと洪水を繰り返す独特の気候から、人口が多いにも関わらず食糧危機に陥り、タイでも最も貧困な地区でした。
以前は共産主義思想がラオス経由で持ち込まれ、タイ中央政府と対立した経緯がありました。
 
新鮮な野菜にハーブ、刺激的なスパイス(唐辛子)、これらを使ったヘルシーな料理です。
代表的なものが パパイヤサラダで有名な ソムタム 、もち米
カオニャアオ、イサーンソーセージで米入りサイクローや酸味の強いネーム、豚の首肉を焼いたコームーヤーン、タイ風焼鳥 カイヤーン、馴染み難い
昆虫料理 、巨大ナマズ(プラーブク)料理などがあります。

バンコクから260Kmと中央部に近く、人口
260万人のイサーン地方最大の都市です。
町全体が高原にあり、カオヤイ国立公園とタップラーン国立公園の
2大国立公園を有した緑あふれる地区です。
通称 コラート
(猫の一種)と呼ばれて久まれています。
歴史は 11世紀 現在のカンボジア
クメール(アンコール)王朝の支配に始まります。
当時、この地はピマーイと呼ばれていました。その後、クメール王朝を滅ぼしたアユタヤ王朝の支配下におかれていました。
ピマーイ国立博物館
古代品とイサーン文化の繁栄に関する事柄が集められています。博物館の一番の見所は、ピマーイ遺跡のポンホンタット塔で見ることのできる砂岩から作られたジャヤヴァルマン7世の像です。
ピマーイ歴史公園
大きく美しいクメール時代のこの遺跡は「プラサートヒン・ピマーイ(ピマーイ石造遺跡)」と呼ばれています。ピマーイ遺跡の特徴としては、他の石造遺跡のほとんどが東側をを向いているのに対してこの遺跡は南側を向いているということです。それは南側に位置するピマーイの町に侵入しようとするクメールの首都ヤソートプラから守るためだと言われています。遺跡はアンコールワットに似ており、美しく刻まれた装飾が施されています。
パノムワン遺跡
以前は煉瓦造りであったと推測されますが、その後石造りの建物がその上に重ねて建てられました。この遺跡はヒンドゥー教の聖地として「テーワーサ ロム」と呼ばれていましたが、後に仏教の聖地となり現在の名称で呼ばれるようになりました。
ナーンラム遺跡
その昔、神像の形に造られた緑色の石にナーンラム(木の一種)の絵が描かれていたことからこの名が付けられました。この遺跡はクメール様式で、ジャヤヴァルマン7世の時代に建てられ、当時は「アロークヤーサーン(病院)」と呼ばれていました。現在は神殿と石の台座の跡しか残っていません。
クー仏塔
クメール様式の小さな仏塔です。台座は四角く、台座から天辺まで紅土が重ねられています。しかし現在は崩壊しており、台座の残骸のみが残されています。仏塔内には陶土の仏像が4、5体残っています。
シーダー仏塔
クー仏塔に似た特徴を持つ仏塔ですが、シーダー仏塔は4方向全てが閉まっています。クメール様式でバラモン教内の遺跡です。仏塔は紅土でできており、しっくいで作った模様が施され、周囲を装飾された低い塀で囲まれています。
カオヤイ国立公園
以前、カオヤイの森は「ドンパヤーファイ」と呼ばれており、中部地方と東北地方を隔てる山脈でした。1962年9月18日、カオヤイはタイで初めての国立公園となりました。乾期にあたる10月から2月はたくさんの観光客で賑わいます。一方、雨期には山頂の自然は雨によって濡らされ、木や草は美しい緑色になります。滝の流れは強くなり、水の音は増し、森の生命を感じることでしょう。
チュンポン門
ナーラーイ・マハーラート王がアユタヤ都を統治していた1656年、県境の門として、その当時タイ国とアユタヤ都と付き合いのあったフランス人の職人により建てられ、また門と共に頑丈な壁も建てられました。この門には、敵を見張ったり敵と戦ったりするための突き出た部分が作られており、大きな石と煉瓦、セメントでできています。また、上部は老木で造られ、竜頭の飾り、タイ式彫刻がされた瓦ぶきの屋根のあるとりでになっています。門から壁にかけては両側ともに煉瓦でできており、一番上部はセーマーの模様が施されています。
マハーウィーラウォン国立博物館
県庁の向かいにあるワット・スッタチンダー内の博物館です。
博物館内にはワット・スッタチンダー住職であったウィーラウォン王が集めた美術品が展示されています。古代品はナコンラーチャシーマー県内またその付近の県で発掘されました。主に、クメール時代の石、アユタヤ時代の仏像、焼き物、古代の用品、木彫りの絵などがあります。
 
ウボンラチャタニとは「蓮の都」を意味し,イサーン地方の最東端に位置しバンコクから
約600Km。ラオス,カンボジアに隣接する国境の街です。
10世紀以降クメール王朝の支配下にありましたが,後にアユタヤ王朝に征服されました。
その後、カー族やスワイ族が住み着くようになりましたが、チャクリー王朝のラーマ1世は、この地の有力者ターオ・カンポーン氏を国主に任命し、1786年この地は再びタイに組み込まれた。同時に現在のウボンラーチャーターニー市が建設されました。
ウボンラチャタニー国立博物館
1918年に建てられたクアンタニー通りに位置する国立博物館。広い中庭がある大きな木造の建物はかつて市庁舎として使用されていました。中には先史 時代の土器やクメール時代の遺物が展示され,ウボンラチャタニの歴史や文化をうかがい知ることが出来ます。
開館は水曜日〜日曜日の 9:00〜16:00
バーンガーンルアン遺跡
市街地から約5km離れたバーンガーンルアン寺院内にある1996年に発掘された考古学遺跡。土器や首飾り,鉄製の斧といった古代の工芸品や宝飾品,生活用具が発見されました。約1500〜2500年前のものであると考えられています。
スパッタナー・ラーム・ウォーラウィハーン寺院
スパッタナー・ラーム・ウォーラウィハーン寺院は,ラーマ4世時代の1853年に建立されたウボンラチャタニ県最初の寺院です。その建物はタイ,中国,ヨーロッパと3つの異なる建築様式が融合した造りとなっており,一見の価値があります。また同寺院はムーン川沿いに位 置し,美しい静かな景色を楽しむことが出来ます。
サプー 浅瀬
市街地から
217号線で45kmのところに位置するムーン川の中にある岩礁。「サプー」とはスワイ語で「大蛇」を意味します。ムーン川の中に大きな岩がごろごろと顔を出しており,川遊びを楽しむことが出来ます。ただし雨季は川の水量が増えるため1月から5月までの乾季に限られます。毎年4月にはこのサプー浅瀬でソンクラーンのお祭りが催され大勢の観光客が訪れます。
2色の川
ウボンラチャタニ郊外,コンチアム郡で見ることができます。コンチアム寺院の裏に2本の川,メコン川とムーン川の合流点があり,メコン川の茶色い濁った流れとムーン川の青い澄んだ流れが合流した後もしばらくの間混ざり合わず2色のまま流れていきます。4月が一年のうち一番はっきり見ることができる時 期で,川岸で小舟をチャーターして(200B)川の中程まで進むとその様子がよく分かります。川の対岸のラオスでお土産を買うことも出来ます。
パーテム国立公園
140平方kmもの広さを持ち,1991年に国立公園に指定されました。地殻変動により生じた険しい断崖絶壁が見所で,その周りは沙羅やラワンの木々に囲まれています。また溶岩が固まって出来た無数の奇岩やそれを彩る美しい花々も見応えがあります。
ろうそく祭り
毎年7月に開催されるウボンラチャタニのろうそく祭りはスリンの象祭り,スコータイのローイクラトンと並びタイの三大祭りの一つと言われています。元来は暑季から雨季への移り変わりの時期に寺院にとどまることになる僧侶達にろうそくを寄進する習慣から始まりました。仏教説話を題材に見事な彫刻を施された巨大なろうそくが山車に乗せられて街を練り歩く様子は圧巻です。夜には山車がライトアップされて更に幻想的な美しさを醸し出し,祭りは一層盛況を増します。
 
「北方の町」を意味します。世界遺産に登録された、青銅器時代の遺跡・バーンチエンはウドーンターニー市内の近くにあり、古代から農業が発達していた場所でもあったようです。
イサーン地方の交通の要衝であり、ベトナム戦争時アメリカ軍の基地であった事から独自に発展した町でもあります。
ブアボック仏足跡
パーン区内の山中にあるプラタート・プラプッタバート・ブアボック寺院内に安置されている釈迦仏足跡のレプリカ。また人物が彫り込まれたアユタヤ時代の石盤が多数見られます。毎年3月の祭りの日には大勢の参拝者が訪れ賑わいます。
バーンチアン国立博物館
市街地の東方約50kmのバーンチアンで発掘された先史時代の農耕文明遺跡。1974年から1975年にかけて発掘され,その後の研究の結果,紀元前2595年から紀元183年頃のものであろうと推定されています。同遺跡は1992年,ユネスコ世界文化遺産に登録されました。博物館内には埋葬された人骨と共に大量に出土した素焼きの土器が展示され,はるか昔の人々がどのような生活を送っていたかを伺い知ることができます。
ナーユンナムソーム森林公園
市街地から103kmに位置する森林公園。プーパーン山嶺にあるユントーン滝が有名で,滝はごつごつした岩の間を水しぶきを上げて三層になって流れ落ち,その周りに生い茂る様々な樹木の鮮やかな緑に映え目にまぶしい美しさです。
 
1783年ラーチャクルールワンと呼ばれる人物が330人の人民を引き連れ移住してきたのが県の始まりです。当時の中央政府の王ラーマ1世は彼をこの地の国主に命じ、ここに街が建設されました。
バーントゥム村の卵豆腐も有名です。
コンケーン国立博物館
この博物館にはバーンチエンやスンヤン遺跡などで発掘された土器や仏像などが展示されており、他にもコンケーン周辺の民族衣装や民芸品も展示されています。
開館は 9時〜16時。月、火、祝日休館。
プーウィアン国立公園
プーウィアン地区にある国立公園。入り口では恐竜が出迎えてくれます。1967年に発見された140万年前の恐竜の化石を見ることができます。丘の上には寝釈迦像が安置されています。
 
ノーンカーイはメコン川を隔ててラオスと国境を接し、ラオスの首都ヴィエンチャンへの入り口となっています。1994年にタイ−ラオス友好橋が完成し車でラオスへ渡ることができるようになりました。
タイ−ラオス友好橋(サパーンミッタパープ)
メコン川をまたぐ橋でノーンカーイ県の中心部からラオス側の船着場(タードゥア)に渡る事ができ、ヴィエンチャンの中心部から約20kmです。オーストラリア、ラオス、タイの3国間が協力し、タイとラオスの経済方面、社会、そして文化の更なる緊密な友好のために建設されました。橋の全長は1.2km、幅は15mです。ノーンカーイからの一般旅行者はこの橋を渡らなければならず、橋のふもとには入国管理局と観光案内所(政府観光庁)があります。
タイ−ラオス友好橋を通過してのラオスへの旅行
旅行者は個人でこの橋を通過してラオスへ渡る事ができます。
旅行必要書類
タイ人 通行証(ノーンカーイ県官庁で申請)
外国人 パスポートとビザ(在タイ ラオス大使館にて申請)
国境でのアライバルビザ発行場所
入国管理局 毎日06:00-22:00
◎タイ・ラオス友好の橋
◎ワンタオ(ラオス)/チョンメック(タイ)
◎サワナケット(ラオス)/ムクダハーン(タイ)
◎フェイサイ(ラオス)/チェンコーン(タイ)
◎ターケーク(ラオス)/ナコンパノム(タイ)
※観光ビザの最大滞在日数が15日に改定されました。(2004年11月)
料金は30ドル(休日およびオーバータイムは31ドル)で、写真1枚(3.5×4.5cm)が必要です。
(ただし、場合によっては2枚要求する場合がありますので、念のため2枚お持ちください。)
現在、上記13箇所におきまして、アライバルビザの発給が可能となりましたが、予告も無く
発給が中止になる事もあります。なるべくビザの事前取得をお勧め致します。
外貨の持ち込み制限はありません。
日本円、タイ通貨のバーツあるいは米ドルはラオスの銀行、ホテルなどでラオス通貨のキープへ両替できます。もっとも実際には市中の商店はバーツ、米ドルが使用できます。
出国時持ち出し制限はないものの、ラオス通貨は外国で両替できませんので注意が必要です。
車での出入国
車の出国許可の書類を作成し、規定通りの料金を支払う。
タイ−ラオス友好橋を渡る
常時、橋を通行するバスがあり、料金は1人20バーツ。
その後ビエンチャン などへ行く場合はラオスで車をレンタル、乗合バス、タクシー
を利用します。
ターン・トーン滝
サンコム郡パータン村にあります。
岩から流れ落ちる滝の下は小さな池になっており、水遊びをすることができます。

クメール王朝(別名 アンコール王朝)は現在の東南アジア広域でおよそ
4世紀にわたって繁栄した王国で、現在のカンボジアの元となった帝国です。
これより以前にあったチェンラ王国の流れを受け継ぐ帝国で、その勢力が最大化したときは、現在のタイ東北部、ラオス、およびヴェトナムのそれぞれの一部をも領有していたと考えられています。 アンコール遺跡をはじめとする、一連のクメール遺跡などはこの王朝による建造物で、主に11世紀から12世紀にかけて、アンコールワット・アンコール・トム(ノーコー・トム)の様式で建造されています。宗教的には、13世紀に上座部仏教がインドシナを掌握するまで、ヒンドゥー教や大乗仏教の混じった宗教が信仰されていました。
それぞれの神殿の遺跡壁面にはその名残が鮮明に刻み込まれています。
クメール遺跡はタイ全土に182ヶ所あり、その内の大部分がイサーンに在ると言われています。内訳はコラートに26ヶ所、ブリラムに61ヶ所、スリンに33ヶ所、シーサケットに12ヶ所で、イサーン4県だけで132ヶ所に上ります。
タイ語では各遺跡の作り方(建物様式)に3種類の総称が付けられています。
@ プラサート
十字型の間取りをした大きな神殿(サンスクリット語の建築用語のプラサーダ prasdda
が語源)
A プラーン
チェディー chedi(仏塔)の全体または一部となるクメール様式の塔を意味する
B クー
内部に出入りの出来る空洞のある小さめのチェディー(仏塔)
ピマーイ遺跡(ナコンラチャシマー)
タイ
クメール遺跡の中でも最も有名なピマーイ遺跡は古代のピマーイ市内のほぼ中心に位置し、幅655メートル、長さ1,033メートルの長方形に作られています。 建造したのは アンコールワットを造営したには
スーリアバルマン2世で、この遺跡は赤い砂岩の壁で二重に囲まれクメール遺跡としては珍しく正面がやや南東を向いているのは、カンボジアのアンコールに向けるためと言われています。
非常に貴重なクメール建築の遺跡であることから、国際的な史跡として保護され、壮大な修復と修繕がなされました。
遺跡の外側の壁と通路は、東西南北の4つの主要なポイントをゴプラ(ヒンドゥー教寺院の山門)によって区切られています。
パノムワン遺跡(ナコンラチャシマー)
以前は煉瓦造りであったと推測されますが、その後石造りの建物がその上に重ねて建てられました。この遺跡はヒンドゥー教の聖地として「テーワーサロム」と呼ばれていましたが、後に仏教の聖地となり現在の名称で呼ばれるようになりました。
ナーンラム遺跡(ナコンラチャシマー)
その昔、神像の形に造られた緑色の石にナーンラム(木の一種)の絵が描かれていたことからこの名が付けられました。この遺跡はクメール様式で、ジャヤヴァルマン7世の時代に建てられ、当時は「アロークヤーサーン(病院)」と呼ばれていました。現在は神殿と石の台座の跡しか残っていません。
パノム・ルン遺跡(ブリラム) タイ
イサ―ンのクメ―ル遺跡といえばピマ―イかパノム・ルンかといわれるくらい有名な遺跡です。ピマ―イが平地で町中の遺跡なのに対して、パノム・ルンは山の頂に建てられているのが特徴で、遺跡は山の斜面を利用して参道をつくり、最上部に祠堂を回廊で囲む形で建立されています。ほとんどの建物は12世紀のもので壁面はおなじみのヒンドゥ―の神々やラ―マ―ヤナ物語のレリ―フで埋められています。
東正面のまぐさ石には、横たわるヴィシュヌ像が彫られていますが、これは修復以前の1960年代、一度何者かによって盗まれました。その後アメリカにあるのがわかり、国をあげての返還運動の末、元の場所に戻されたという曰く付きのものである。山の頂からはイサ―ンの田園風景と遠くカンボジアのジ ャングルが眺められます。
ムアン・タム遺跡(ブリラム)
パノム・ルンの南東8kmの平地に建てられているのがムアンタム遺跡です。11世紀の建造で、前列3基
後列2基のレンガの祠堂を2重の回廊で囲む形式で建てられました。しかし、前列中央の祠堂は崩壊していていますが、破風やまぐさ石には数々の貴重な彫り物があるレリ―フが残されています。最近大規模な修復工事が行われ、小綺麗な公園化されました。
カオプラヴィハーン遺跡 (シーサケット)
ラオスにも程近いタイ・カンボジア国境の山岳地ダンレック山脈に建造されているのが
カオプラヴィハーン(カンボジア名 プレアヴィヘールPreah vihearと 呼ばれています)です。自然豊かで雄大な景観に抱かれた山頂の傾斜地に、長さ900mの山岳テラス型クメール遺跡が横たわっています。9世紀から300年かけて建立された「山上の聖なる寺院」と名付けられたこの「カオプラヴィーハン寺院」は、アンコールワットに匹敵する唯一のクメール遺跡と評されながら、国境紛争や見境いのない地雷の存在が人々を遠ざけて「幻の大遺跡」とも称され、世界的な遺跡観光ブームのなかで、ずっと置き去りにされてきました。 カンボジア平原からは447メートル上空に見上げるタイ領土の山中に立地するため、寺院にはタイ側からしか出入り出来ないようになっています。周辺一帯は過去クメール王朝の支配下にあり、その複雑な地形的立地ゆえに、寺院の帰属を巡って両国は長らく小競り合いを繰り返してきましたが、1962年ハーグ国際裁判所は寺院の建つ敷地内をカンボジア領、小川越しの寺 |