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カンチャナブリはバンコクから西へ130kmの距離にあり、西側はミャンマー(旧国名 ビルマ)との国境に隣接してます。 県内には
クウェイヤイ川とクウェイノーイ川が流れ、川を中心に街が展開しています。 この地域には手付かず自然が多く残り、多くが国立公園と野生動物保護区に指定されています。 特にトゥンヤイ・ナレースワン野生生物保護区は
1991年
ユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されました。 カンチャナブリ郊外には今もジャングルが広がり、石灰質の土地で多くの洞窟や、鍾乳洞が観られます。 また、カンチャナブリは宝石の産出県でも有名で、サファイアやブラックストーンの国内唯一の産出区域となっています。

カンチャナブリで
先史時代(年代不明)の遺跡が発見され為、太古の昔より人が居住していたと考えられています。その後、ドヴァーラヴァティー王朝、クメール王朝、アユタヤ王朝、ビルマ
コンバウン王朝へと受け継がれます。 この地は ビルマから侵入する中継地として重要な地域でした。16世紀 ビルマ
タウングー王朝の度重なる侵攻があり、その侵入を防ぐためにアユタヤ王朝が現在のような街のかたちのしたそうです。 1556年
アユタヤ王朝は ビルマ
タウングー王朝の軍の前に一度は敗退しますが、21代王ナレースワンによってアユタヤ王朝は再興されます。 しかし 1767年 ビルマ
コンバウン王朝
シンビューシンの猛攻撃によって、ついにアユタヤ王朝が滅亡します。この様な事もあり、タイ国内であってもビルマ文化に影響された地域でもあります。
正式名
泰緬連接鉄道
*** カンチャナブリ市外から
3kmほど北にあるアメリカ映画
「戦場に架かかる橋」で世界的に有名になった鉄道橋がクウェイ川鉄橋です。 泰緬鉄道は第二次世界大戦時、制海権を失ってシンガポール経由でビルマ・インド戦線へ軍需物資を送ることが困難になりつつあった日本軍にとって、内陸部を通る新しい軍用鉄道として計画されました。 同盟国のタイからビルマへとジャングルを抜けて走る総延長
415Km(タイ側 263Km、ビルマ側 152Km)にわたる鉄道は、1942年(昭和17年) 9月16日
タイ側のノンプラドック、ミャンマー側からはタンビュザヤにおいて建設が開始されました。 ビルマ、インパール戦線に同盟国
タイより物資を補給する為、日本陸軍は戦局の切迫さから、わずか
16ヶ月の突貫工事を試みたため、鉄道は翌1943年(昭和18年)12月25日、15ヶ月余という驚くべき早さで全線を開通させました。
*** 猛暑と豪雨、岩山とジャングルに阻まれたこの難工事には、約3万人の連合軍捕虜兵士、20万人に上るアジア人強制労働者(中国、インドネシア、ビルマ、マレーシア、インド、シンガポール、タイ)、日本軍
1万2000人が投入され、工事中にそのうちの捕虜約 1万6千人、そしてアジア人労働者
8万人が、熱帯のジャングルコレラやマラリアなどの疫病にかかり、医療品の不足などで死亡しました。
完成後も、日本軍の輸送網切断のため連合軍の爆撃の格好の標的となり、更なる多くの犠牲者を出したところでもあります。この様に多くの犠牲者が続出した為、別名"DEATH
RAILWAY"「死の鉄道」 とも呼ばれていました。
クウェイ川鉄橋そのものは小さな橋ですが、戦略上また歴史上重要な鉄橋であったようです。完成当時は木製橋であった様ですが連合軍によって攻撃爆破された際、建替えで鉄橋に改修され、現在も利用されています。 また毎年11〜12月にはこの鉄橋で「光と音の祭典」という記念祭が催されています。
現在も バンコクトンブリー駅からカンチャナブリ
クウェイ川鉄橋、サイヨーク、ナームトックサイヨーク・ノーイ(終点)
までタイ国鉄が運航しています。 バンコクを出た列車は、ナコンパトムを経てカンチャナブリを目指します。この路線の見所は
カンチャナブリから先でクウェイ川鉄橋駅を出た列車は 橋をゆっくりと渡り、一路 西へ向かいます。田園風景と椰子畑、幾つかの駅を経て
岩山を削って作られた
チョンカイの切り通しを抜けます。少し手を伸ばせば岩に触れれるほど切迫しています。 進行方向左手は
クウェイノイ川が穏やかに流れ、情緒溢れる鉄道の旅が楽しめます。 暫く進むとこの路線のハイライト
ティンバートレッスル橋
通称アルヒル桟道橋に差し掛かります。建設当時、非常なまでの難工事で多数の犠牲者が出ました。 川沿いの崖淵を切り崩し、木製の桟橋を組んでレールが敷いてあります。現在もそのままの橋をゆっくりと列車は進みますが、列車から下を見ると手に汗を握るほど迫力があります。現在では老朽化が進み、改修の計画があります。 ここを過ぎると 終点ナムトック・サイヨーク・ノーイ駅は直ぐそこにあります。


ヘルファイア・パス 泰緬鉄道建設の際、最も困難を極めた場所です。 熱帯のジャングルを切り開き、山を崩し、岩はダイナマイトで曝破して前へ前へと線路を敷いていった。現在ではオーストラリアとタイの商工会議所が共同で造った博物館と線路跡が保存されています。
JEATH
戦争博物館 泰緬鉄道(タイ・ミャンマー鉄道)作った日本陸軍の日本 Japan、建設工事に従事した連合軍捕虜の国 England, Australia, Holland と行われた国 Thailand
の頭文字をとって名付けられました。 当時の写真や砲弾まどが展示されています。 開館:毎日、8:30 〜
16:30
戦争博物館 1993年に個人の手で建てられた中国風の建物で、鉄橋の下流すぐのところにあります。館内には戦争に関する絵や写真、武器などがとりとめもなく展示されています。敷他内の奥にある階段を下りて川沿いに行くと、木造の橋の残骸が残っています。これは日本軍がたった3カ月で捕虜に造られせた最初の橋のオリジナルだそうです。
連合軍共同墓地 日本軍によって泰緬鉄道建設に駆り出され、病気や栄養不足で命を落とした連合軍兵士が眠る共同墓地が2カ所あります。 6982柱の霊が眠る墓地内は手入れが行き届き、一面緑の芝生の中に美しい花があちこちに咲き乱れている様は平和そのもの。その中に整然と並ぶ墓石に目をやると、その数の多さに暗然とすることでしょう。



サイヨーク 世界でもっとも東にあるクメール遺跡、ムアンシン歴史公園があることからサイヨークはクメール王朝の支配する街があったと考えられています。アユタヤ王朝時代にはスリー・パゴダ・パスから進入してきたビルマ軍の中継地でした。このためビルマ文化がサイヨークの地域に影響し、ワット・タムスアなどのビルマ様式をもった寺院が生まれました。第二次世界大戦中にはクウェイ川沿いに泰緬鉄道の建設が行われた所の一つで、もっとも多くの被害者を出したとされるヘルファイアー・パスもサイヨークにあります。泰緬鉄道は戦後一部が取り払われましたが、現在トレッキングコースとして整備されています。
トゥンヤイ・ナレースワン野生生物保護区 前史時代の石器やモン族やカレン族の遺跡も見つかっています。 タイ人によるこの地への進出はその後のことで、1590年と1605年のアユタヤ王朝・ナレースワン王によるビルマ侵略時に、ナレースワン王が陣地をしきました。これ以降、この地はトゥンヤイ・ナレースワン(ナレースワンの大草原)と呼ばれるようになっています。 絶滅の危機にある種類を含めて
600種類以上に上る動物が確認されています。 隣接するフワイカーケーン野生生物保護区とともに、東南アジアで有数の規模を誇る大きな地域に手つかずの自然が残っていることが決め手となり、1991年
世界自然遺産に登録されました。 地域への一般人の立ち入りは堅く禁じられているため、観光は出来ません。しかし近隣には幾つかの国立公園があり、この地域の自然を体感することが出来ます。
カオプーン洞穴 この洞穴はお寺の敷他内にあり、中は広く、複雑に入り組んでいます。第2次大戦中日本軍が倉庫として利用していました。
ムアン・シン歴史公園
クメール時代(13世紀)頃に建てられたもので、ここは河川交易の中継点でした。中心となる大乗仏教寺院は四角い境内の中に大きなプラーン(トウモロコシ形の塔)があり周囲を小さな方形のプラーンが囲んでいます。
トーヨーク国立公園 1980年10月27日に国立公園の指定を受けました。山と森に覆われた国立公園で、世界最小のコウモリ、「カンカウ・ギティ(ギティ・コウモリ)」が生息していることで有名です。また、淡水に生息する新種のカニ「プー・ラーチニー(ラーチニー・カニ)」も発見されました。戦時中は日本軍が駐留しており、当時の炊飯器などが発見されています。
エラワン国立公園 旧カオサロープ国立公園。1975年6月19日に国立公園に指定されました。重なり合う滝の中で一番高い位地にある滝の形がエラワン象に似ていることから、エラワン国立公園と名前を変えました。
エラワン滝 クワイヤイ川の上流に位置する滝で、1,500m、7段に別れています。それぞれの滝壺で水遊びをすることができます。周囲には30分で行ける自然に触れる散歩コースがあり、自然の美しさに肌で感じることができます。近くには宿泊施設も用意されています。

サイヨーク国立公園 緑の濃い広大な
サイヨーク国立公園。園内のサイヨーク・ヤイ滝にはクウェーノーイ川から直接水が流れ込みラフティング・トリップの出発点としてよく利用されています。サイヨーク・ノーイ滝は横に長いいくつかの洞穴や日本軍の残したかまどの跡もあり、豊かな熱帯モンスーン林に囲まれています。

サンクラブリー 県最西部の町 サンクラブリーは
1000mを超える山々に囲まれ、ミャンマーとの国境の街で、ミャンマーから逃れてきたカレン族、モン族などが多く住んでいる所です。 国境地帯にはスリー・パゴダ・パスがあります。旧来から人のあまり入植したがらない「僻地」とされていたことから、手つかずの自然がのこり、カオ・レーム国立公園や1991年ユネスコの世界遺産に登録されたトゥンヤイ・ナレースワン野生生物保護区などの保護地区があります。
ワット・ワン・ウィウェカラーム タイ国民に尊敬されているモーン族出身のウッタマ師が建立した寺。インド式の仏塔がそびえ、本堂には大きな仏像がある。境内ではミャンマー人が宝石、本、職物、陶器などを売っている。
スリー・パゴダ・パス ミャンマーとの国境に3つの小さなパゴダが並んでいます。アユタヤー時代、ビルマ軍が侵攻ルートとして通過した峠です。今は見る事が出来ませんが、泰緬鉄道はここからさらにミャンマーへと続いて行きます。周辺には小さな土産物屋があり、ミャンマー国内へビザなしで1時間入国できます。

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